泉岳寺へ行きました。

今思うこと

このところ地震が多発しているニュ-スや実際に体感もしておりますので不気味です。
でもそればかり考えていても仕方がないので気分転換に出かけることにしました。
家族にどこへ行くのか聞かれたので泉岳寺へ行くつもりというとじゃ..「私たちも行きたい。」
とすぐに話がまとまって午後2じころに家を出ました。
山手線の高輪ゲ-トウエイ駅から徒歩10分弱で泉岳寺につきました。
以前兵庫県の大石神社で47士のお墓詣りしたことがあったので そういえば本物の
泉岳寺へ行ってないので行ってみたいと思っていましたのでいってきました。
前日まで雨がふったりお風邪がふいたりでしたので..やっと実行することができました。
駅から泉岳寺方面へ向かってゆくとすぐに分かりました。
娘たちは前にも来たことがあったそうで...
着いたら「あと20分くらいで終わりですよ..」
なのでそうそうにお墓を見て回りました。2月4日が命日でした。たくさんの線香が
煙をくゆらせていました。当日でしたらもっと大勢のお参りの人がいたのかもしれません。

大石内蔵助の息子主税(ちから16歳)..こんなに若いので痛ましいきもち..
あの時江戸城松の廊下で浅野内匠頭が吉良上野介を切りつけたばかりに切腹を幕府より
命じられ君主のために内蔵助一同(赤穂浪士)が仇討ちして全員が切腹を
しなければならない羽目になってしまう悲しい歴史がここにあります。
有名な高田馬場で18人切り(実際は3人らしい)の堀部安兵衛のお墓が主税のとなり
にありました。
子供のころよんだ漫画のはなしではその時安兵衛にたすきを渡した女性がいてこの女性の家に婿養子に入って中山から堀部にかわったようです。
34歳で切腹されました。
あの時松の廊下で内匠頭が吉良をきりつけなければ..こんな大事件は起こらなかったはず..
この仇討ちの史実は忠臣蔵となって後世までず~っつと続くのです。
命の大切さを思えば仇討ちはよくないことです。
当時は主君に仕えるって大変なことだったのです。
気分転換のつもりでしたが..かえって気分は重くなりました。

    ご近所の方から昔いただいた立ち雛 このところ孫も大きくなったので
    本格的にはかざりませんが..これは簡単に飾れてよいものをいただきました。

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